masayuki5160's diary

滋賀県大津市に住むソフトウェアエンジニアの日常

ごめんね、と言えるようになった長女の長い一日

先日こんなことがあった。

GWを利用して東京から遊びにきていた姪っ子と弟家族。姪っ子とうちの長女は年も近いので長期休みの時にはよく一緒に遊ぶ。

その日もいつものように遊んでいた。ぬいぐるみを使っておままごとをしていたとき、

 

"いたい!"

 

と姪っ子が言い、大きな声で泣き出した。

僕は近くにいたものの、二人とも年長さんと年少さんということで、家の中(両親の家)だし放っておいても大丈夫と思い、少し離れたところでスマホをいじっていた。

姪っ子の声に驚き、様子を見ると、

 

姪っ子は大きな声を出して泣き、弟によしよししてもらっている。

長女は良くないことをしてしまったな、と泣いている姪っ子の様子を見て思っているのか下を見てぬいぐるみをただただ触っている。

 

なるほど、と様子を見てなんとなく状況は理解できた。

弟になにがあったか聞くと、ぬいぐるみの少し硬い部分が姪っ子の顔に当たったとのことだった。血も出ていないし、赤くもなっていない。弟もよくあることという感じでとりあえず姪っ子をなだめすかしている。

僕は、長女の様子が気になったので、こっちにおいで、と呼んだ。長女はすぐきた。

 

"おうち帰りたい"

 

長女はそう言った。声は震えていた。

長女も夢中で遊んでいて、たまたま姪っ子にぬいぐるみがあたっただけなことはよくわかっていた。だから、

 

"ほんとに帰って良いの?もう少し遊んで行っても良いよ?"

 

と僕は言った。

 

"いや、帰りたい"

 

これは機嫌直すの難しいな、そう僕はすぐ判断した。

姪っ子ちゃんにごめんね言おうか、そう長女にきつく言うこともできたけど、そうしなかった。長女の様子を見ると、すごく反省していることはよくわかったから。反省というより悪いことをしたと理解していることはわかった。まあ、それなら一旦この場はそれで良いだろうと思ったのだ。

 

その後、なんやかんやあって、僕は長女を抱っこして自宅に帰った。

帰ってからも、絶妙に機嫌の悪い長女氏。プリキュア見せたり、ご飯をゆっくり食べたりしながらゆっくり遊んで過ごしていた。

お風呂も入り、あとは寝るだけかな、という時間。もうひと遊びして寝ようかなと思っていた時だった。

 

“いた!”

 

と、僕は言った。長女が強くおもちゃを引っ張ったので、こつんと僕の手におもちゃがあたった。

 

“痛いよ、やさしくして”

 

僕はあえていつもよりはっきり気持ちを伝えた。もちろん、そこまで痛くはない。すると、姪っ子とのやりとりの時と同じ反応を見せる長女。下を向いて黙りこくってしまった。

 

さて、ここからどうするかな、と考えていたところ、妻からのサポートがあった。

 

“父ちゃん痛かったて言ってるよ、ごめんね言える?”

 

長女は押し黙ったまま。その後、何度か妻があれこれしてくれたが、長女は黙ったままだった。

難しそうだな、そう僕は思った。まあ難しいことを要求しているし、時間がかかっても良いと思っていたから今日はこの辺で良いか、そう僕は諦めた。

 

しばらくして、長女は妻と一緒に次女の寝かしつけに寝室に行った。機嫌悪いし、多分今日はこのまま寝るかもな、そう思った。また後日、同じ機会があれば頑張るかな、と僕は考えていた。

すると、

 

“とうちゃん、ごめんね”

 

寝室からとことこやってきた長女が僕に向かって言った。

妻と何があったかよくわからないが、しっかり僕の方を向いて言った。すごくニコニコしているのが謎でよくわからなかったが、ごめんね、と言えたこと自体は本当に良いことだと思った。

 

“いいよ”

 

僕はそう長女に言った。

 

去年の今頃、次女の出産があり、僕と長女は二人だけで数日過ごした。

 

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妻がいないので、長女は泣いてしまった日もあった。そんな日のことを振り返ると、この一年の長女の成長は嬉しい。

 

長女と次女が社会に出るころ、どんな世の中になってるか全くわからない。僕に何ができるんだろう、そう思うことが最近増えた。その答えはこの先もわからないだろう。でも、

 

身近な人を幸せにして、

余裕があるなら社会の一員としてしっかり生活をして、

さらに余裕があるなら社会を良い方向にほんの少しだけでよいから貢献、

 

こんな人になってほしい、とぼんやり考えている。この辺の考えは最近読んだ田内さんの書籍の影響を受けている。今までふわっと感じていたことだが、以前より解像度が上がった。お金のむこうに人がいる――元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた 予備知識のいらない経済新入門も読んでいたが小説版のこちらはさらに個人的にささった。

 

僕はソフトウェアエンジニアという仕事をしているが、最近の業界全体の変化も相まって、自分の専門性なんてどうでも良いなと感じることが増えた。博士の学位なんて取ったけど、というか取ったからこそ思うのだけど、そんなのはどうでも良くて社会の課題に対してどう僕がアプローチして貢献したのか、そのときたまたま僕はソフトウェアを作ることが得意だったんだよ、そういう人生を歩んだんだ、と娘たちに言えると良いなと思う。それを聞いた娘たちがなんて言うか知らないけど、こういうことを僕はやってきたんだよ、と自信を持って言えたらいいな、と思っている。

 

いずれにせよ、娘たちには、まずは自分の身近な人を幸せにする力をつけてほしいと思っている。これだけでもすごく大変だ。

娘たちが社会に出る時、どういう力がそのために必要かなんて僕にはわからない。今の大きな時代の変化の只中にあると3年後もよくわからないし、ましてや今4歳と1歳の娘たちが社会に出るときのことなんて考えてもわからない。

だから諦めるわけでわなく、僕ができることはできるだけしておきたい。ごめんね、と言える人になることは、身近な人を幸せにすることには間違いなく繋がっている。今回の出来事の中でそれを伝えることができたなら嬉しい。

 

以上、長女が、ごめんねを言えるまでの長い一日のお話でした。終わり。

 

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↑一年前の今頃の長女と次女。一年経った今では毎朝ケンカしてるけどもそれもすぐ過ぎ去るのだろうな。