最近気づいたのだが、AIと話していて、やりたいことや知りたいこと、解決したいことに対してうまく答えが出てこないと、普段よりもイライラしてしまう自分がいることに気づいた。
基本的にはAIは自分より賢く、いろいろなことを知っている存在だと思っている。
一方で、「なんでも知っているだろう」という前提でやりとりをしてしまっているところもある。
さらに、AIは人間ではないという意識があるせいか、普段よりもぶっきらぼうに接している節がある。
それもあって、思うような回答が得られないと、ついきつい言い方をしたり、イライラしてしまうのだ。
きつく言っても、ずっと話に付き合ってくれるのがメリットかなと思うが、今日はそういう話ではない。
AIを使っていると、知識は豊富だが課題を解決できるわけではないという現実を感じる。知識はあるけど知恵はない、とかそういうイメージだろうか(使えてるような印象の時もあるが)。
もっともらしいことを言っても、ナチュラルに嘘が混ざっていたり、情報が不足していたりすることがよくある。
だから自分で情報の正確さを確認する必要があるのだが、厄介なのは「確からしく聞こえるけれど間違っていた」というパターンだ。
そういうときは、さらに確かめたり、別の方法を探したりしながらやり取りを続けることになる。
その過程で、ふと
「人と話していたらこんな言い方はしないだろうな」
と思うことがあるし、同じ状況でも人間相手ならこんなにイライラしないだろうなと感じることがある。
だからといって、特別どうということではないのだが、「これが僕の素なのかもしれない」と思ったりもする。
この振る舞いをもう少し優しくするべきなのかはわからないが、AIにある程度のキャラクター性があれば、やり取りが変わるのではないかと思うことがある。
例えば『攻殻機動隊』のタチコマのようなキャラクターだ。タチコマは賢い存在でありながら、可愛らしい個性を持っている。彼らでさえ時には冷たく扱われるが、少なくとも僕がタチコマのようなキャラクター性を持つAIと話しているなら、今より優しく接せられるような気がする。
いずれにせよ、今のAIはどうしても無機質な印象があり、そのせいで僕自身がきつい言い方をしてしまうことがあるように思う。
結果として変なイライラが生まれ、時間をもったいなく感じることもある。これを緩和するには、言葉のやり取りの工夫なのか、キャラクター性なのか、性格付けなのかはわからない。もう少しビジュアル的なインターフェイスがある方が、こちらの気持ちも和らぐのかもしれない。そんなことを考えていた。終わり。

↑ふるさと納税の返礼品の桃。このおいしさはAIにはわからない。